2015年9月2日水曜日

インド>アーグラ>アーグラ城2(白大理石に貴石の象嵌細工)

ムガル帝国の「ムガル」は「モンゴル」という意味。自称チンギス・ハーンの末裔、中央アジアのティムール朝の王子バーブルが、デリーのローディー朝を倒して1526年にムガル帝国を建国した。

第6代皇帝アウラングザーブ帝の時に帝国の領土は最大になったけれど、その後帝位継承争いで衰退の一途をたどる。1858年に17代皇帝バハードゥル・シャー2世が廃位してムガル帝国は終焉し、イギリスの統治下に入った。

帝国の終末期、アーグラ城は反イギリスの戦場となり、装飾の多くがなくなった。

(おススメ度★、世界遺産)

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ローシャン・アラの館(シャー・ジャハーン帝の娘の部屋)

シャー・ジャハーン帝の部屋の寝室

装飾

侵略後、溶かされた金の跡らしい

中庭

ジャスミンの館(シャー・ジャハーン帝が幽閉された場所)




王と大臣の会議の間

バザール(市場)のあった中庭


公謁殿(皇帝の玉座)
 

国民が座る場からみた公謁殿

公謁殿外観


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