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2016年3月17日木曜日

イスラエル>エルサレム>岩のドーム(聖なる岩を覆う建物)

エルサレムの写真には必ず写っている金色に輝くドームが、現存する最古のイスラム建築。
ウマイヤ朝第5代カリフによって聖なる岩を覆うために建てられた。イスラム教の聖地。

聖なる岩とは。。。
・イスラエルの始祖アブラハムが、子のイサクを神への生け贄として捧げようとした岩。
・ソロモン王とヘロデ王が神殿を建てた場所。
・イスラム教のムハンマド(開祖というべきか予言者というべきか。。。)が、アラーの啓示をうける際にガブリエルに導かれて着地した場所。
だそう。
岩の大きさは、最大の大きさで縦横13m×17mの大きな一枚岩。

691年に完成した後、何度か改修されたけれど基本的な姿は当時のままらしい。
大理石の円柱やアラベスク模様等、装飾がとても美しい。今は礼拝場所にもなっている。

(おススメ度★★、エルサレムの旧市街とその城壁として世界遺産登録)

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外観
 
肌を覆う緑のマントを貸してくれた
 
綺麗な装飾。内部も綺麗だったけれど撮影禁止。。。
(1995年10月時点)

2016年3月15日火曜日

イスラエル>エルサレム>聖墳墓記念聖堂(イエス・キリスト磔刑の地)

イエスが十字架にかけられ、亡くなった場所に建てられたのが、聖墳墓記念聖堂。キリスト教の聖地で、信者が世界中から集まってくる。

335年、ローマ皇帝でキリスト教を公認したコンスタンティヌス帝によって建立。
614年、ササン朝ペルシャ軍の放火で一部焼失。
996年、ファーティマ朝カリフによって破壊され、ドームだけ再建。
1099年、十字軍によって再建され、増改築を重ねて19世紀初頭に現在の形に。

見どころは3つ。
・大きいドームの墓所(復活聖堂)
・小さいドームのあるゴルゴダの丘(殉教聖堂)
・地下にある聖ヘレナ礼拝堂(コンスタンティヌス帝の母で墓の発見者を祀るもの)

なお、イエスが自らが磔にされる十字架を背負って歩いたゴルゴダの丘までの道、約1kmは、「ヴィア・ドロローサ(受難の道)」と呼ばれている。

(おススメ度★★、エルサレムの旧市街とその城壁として世界遺産登録)

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入口

内部

 ヴィア・ドロローサ(受難の道)・・・商店が並んでいる

(1995年10月時点)

2016年3月13日日曜日

イスラエル>エルサレム>嘆きの壁(壁しかないけど単なる壁ではない)

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教がそれぞれ聖地とするエルサレムは、4000年近い歴史がある。
まずはユダヤ教の聖地から。

嘆きの壁は、かつてのイスラエル王国の首都であったエルサレムの北側に建っていた「神殿の丘」が破壊された後に残った壁。
その神殿も、紀元前965年頃にソロモン王によって建てられた最初の神殿ではなく、紀元前20年頃にヘロデ王によって大改築された神殿だという。それが、紀元70年にローマ軍によって破壊されて、神殿を囲んでいた西の壁が残った。

この神殿の破壊と同時にユダヤ教徒はエルサレムへの立ち入りを禁じられ、以後2000年近く世界中に離散していた。ユダヤ教徒はこの壁に祖国の喪失を嘆き、祖国復興を祈ったので、「嘆きの壁」と呼ばれるようになった。

行ってみると、ただ壁だった。。。
ただ、多くのユダヤ教徒が何かつぶやきながら壁に頭をこすりつけている姿を見ると、観光気分で壁に近寄ることは不敬なように感じたので、写真も遠目で撮影。

(おススメ度★★、エルサレムの旧市街とその城壁として世界遺産登録)

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(壁の向こうに見えるのが岩のドーム)
(1995年10月時点)